68歳の元気ジジイで~す♪


by iwaserou
カレンダー

<   2006年 05月 ( 35 )   > この月の画像一覧

罪名?病名?

  客のふりをして、店から商品を盗むこと。または、その人の事を<万引き>と呼ぶ。
警察法第62条で、警察官(長官を除く。)の階級は、警視総監、警視監、警視長、警視正、警視、警部、警部補、巡査部長及び巡査と定められている。その<警察官>が本来取り締まるべく、その<万引き>を自らしたという。ましてや警視まで行った方がだ。約800円相当のニスの瓶二本をだ。コメントのしようがない。
 
  <万引き>と聞くと、必ず思い出すことがある。十数年前、茨城県にかつてあった客先でのことだ。数名の機械加工業者であるそこの跡取り息子さんが、そこの親父さん、つまり社長の悩みの種だった。高校中退後、気が向いたら家業を手伝いはするのだが、長続きせず遊びの時間が生活の大半を占めるようになり、家を空けるようになった。

  ある日、警察から「お宅の息子さんを預かっているので引き取りに来てください。」との電話を受け、すっ飛んでゆけば<万引き>をしたと聞く。そんなことが何度となく続くようになり、社長も仕事に身が入らず、心労の日々を過ごしていた。そんな折「お宅の息子さんを預かっている・・・」またそんな電話を取った社長は、迷惑掛けたお店まで、嫌がる息子を引きずり連れて行き、息子の目の前で、それこそ地べたをなめるがごとく<土下座>をして先方さんの許しを請うて見せたのだ。

  そのとき、冷ややかに見ていた息子さんも<感ずるところ>があったのか?それ以来、警察から呼ばれることもなくなった。と、喜んでいる矢先、雨の激しい夜、愛用のオートバイで事故り、その息子さんは帰らぬ人となってしまった。まだ19の春だった。暫くしてから訪問したときの社長の話に<いわろう>も泣けた。一度たりとも感謝の言葉もなかった息子さんが、陰では<いいオヤジだ!オレのために土下座までしてくれた>そう言って、仲間に自慢していたと葬式の夜に聞いたのだと、社長は両肩を揺するほど激しく泣きながら話してくれた。

  <万引き>には<愛情>が一番良く効く<薬>のようだ。その客先も一昨年、社長が亡くなられ、廃業となった。<万引き>とは罪名ではなくある意味、精神科の<病名>なのかも知れない。警察官が<万引き>をやったのではなく、<万引き>の病持ちが警察官になったのだろう。あの警察官も、心の病を一日も早く治せる<治療>を受けてもらいたいものだ。
2006/5/31
[PR]
by iwaserou | 2006-05-31 23:37

私の特技

  この間の土曜日の午後、同窓会に参加してきた。<いわろう>の元所属していた芸プロスクールリタイヤ組の同窓会である。およそ半年ぶりの再会で「痩せたわネ~!」って<いわろう>はみんなから開口一番に言われた。スクールの帰り道によく立ち寄って<ダベリング>した懐かしのファミレスでの同窓会。周りに気兼ねすることもない<シニアパワー>ギンギンの面々が繰り拡げた会話は、さぞかし壮絶なるものであっただろう。

「CM専門のプロダクションに行くことにしたの!」六十歳半ばのG婦人は、十数万円の入所契約金を既に納め、三ヶ月のレッスン後、CMに出るから・・・って。百数十人の受験者がいたそうよ!残ったのは25名なの!G婦人はそう自慢げに続けた。透かさず「また!そんなこと言って?金さえ納めれば誰でも入れるのじゃないの!」と合いの手が入る。G婦人はもちろん、ご不満のようだ。「私!面接で御詠歌が出来ます!って言ったの・・・」「・・・」それを聞いていた一同、言葉が出なかった。

「それで?面接の人何って言ったの?」辛うじて誰かがG婦人に聞いた。「今ここで出来ますか?って聞かれたので、もちろん!御詠歌やったわよ!」それ聞いた一同、またしても黙して何も語らず。それは、立派な特技で、プロダクションに取ってみても、有能な(?)人財(?ジンザイ?)に、確かになる。即、役柄にマッチングする<オファー>が入りそうだ。俄にそれらしく演じても、年期の入ったG婦人には叶わないだろう。「そのうちGさんもノバァおばさんのようにCMで全国区になるかも?」との誰かの発言に、一同異論を唱える者もなく、真面目な顔で聞いていた。

 特技と言えば、何だか特別なものでも考えがちだが、誰でも探せばあるものだ。<いわろう>もプロダクション在籍中にプロフィール用の調査票が回ってきたとき、<特技>の欄に書くことがなく困り果てたものだった。ギターが弾けるっと言っても趣味程度で、人様からお金を戴いてお聞かせする程でもないし、落語、漫談のたぐいは、会社の慰安旅行の宴会にでもお呼びの掛からない程度だ、困り果てて<関西弁が喋られます>って書いて提出したら、事務局で「立派な特技です」って真面目に受理された。関東圏で<関西弁が喋られる>のは、立派な特技なのだ。と言っても、役を演ずる上での<特技>ですがネ!
2006/5/30
[PR]
by iwaserou | 2006-05-30 08:00

大発見!

  大発見をした!。老眼鏡をかけて食事をすると、美味しい食事が、より一層美味しく頂けるのだ。老眼鏡をかけて新聞を読んでいるところへカミさんから、「ごはんですヨ!」って呼ばれて、いつも老眼鏡を外して食卓に着いていた。今晩、たまたまその老眼鏡を外し忘れて、食卓に着き箸を持ったのだ。大発見!ごはん粒のつややかさやおかずの一品一品の色合いやらが、ハッキリ!クッキリ!見えて美味しさが倍増することを発見したのだ。
 
  「いつまでも若くありたい」というのは、多くの人の願いだ。出来れば<老眼鏡>なんか使わずに一生過ごしたい。しかし、<老眼が来てしまえば>細かい字を無理して読もうとしても、ボヤケて一塊になって判読出来ない。読めないのならまだしも、間違って読んでしまうことが起こる。それを、仕事の大切な<注文>なんかでしでかせば、大きなマイナスになるのだ。
 
  先日客先の工場で、「岩瀬さん!駄目だよ!無理して、老眼鏡かけなければ、間違うよ!」老眼鏡をかけずに、細かい文字をなんとか見ようと、手前に引いたり前へ腕を伸ばしたりして、商品の番号を読もうとする<いわろう>の背後からお客さんのE工場長の冷やかし声。渋々ポケットから、憎き<老眼鏡>をば取り出す羽目に相成った。「よく見える!」やっぱり老人なんだと今更のように納得した。そして<老眼鏡>とつき合うしかないのだと観念もした。
 
  ヤバイと感じた四十代半ばに眼鏡屋さんに言われた事を思い出した。いくら頑張っても<老眼>は良くならないし、頑固に老眼鏡をかけないでいる事を続けても、人間の目は、「毛様体」という部分の筋肉が収縮し、水晶体を膨らませることでピント合わせ(調節)を行っている。若い頃は、遠くも近くもピントを合わせる力でその調節力も十分にあるのだが、年齢とともに水晶体の弾力性が低下することで、この力が弱まっていく。
 
  過去、アメリカでは、手術で<老眼>が治ったという例もあるらしいのだが、その手術も万人に適応されるほどまだ確立てされていないようだ。是非、どなたかが<老眼よさらば!>といえる<治療方法>か<薬>を発明してください。それこそがノーベル賞級の大発明!と呼べるでしょう。
2006/5/29
[PR]
by iwaserou | 2006-05-29 22:54

脈絡のない時間が最高!

私のお気に入りの時間!
 これをやらなければ、あれをいついつまでに仕上げなければ・・・いつも、こんな風に何かに追い立てられて、生活しているみたいだ。絶対的時間の長さは、一生不変なはずなのに、体感的時間の長さは、子供の頃の一日と、五十路オヤジの一日の長さは、確実に違う。
 ひよっとすると、今は自分のための時間?いや自分自信でコントロール出来る時間がほとんどないのかも知れない。だから、何事にも制約されず、思うがままに流れる時間に辿り着ければ、最高だ。読みかけの本をパラパラめくり、疲れたら横になり、目覚めたらぼう~と窓の外を眺め、また読みかけの本を手にする。脈絡の全くない時間の過ごし方が、たまに出来ればいいと思う。
[PR]
by iwaserou | 2006-05-29 19:38 | トラックバック

530運動に思う

  今朝、日曜というのに、それも九時から、それも雨の中、傘さしてのこのこ出掛けなければならなかったのだ。町会の役員としての責務遂行のためだ。一足早いが、530運動(ゴミゼロ運動)の一環として、町内清掃を<雨天決行>で、行ったのだ。 町内の清掃とT近隣センターまでの道ばたの紙くずや、空き缶を集めて歩いたのだ。普段は気づかずに行き来している道も、探せば結構<ゴミ>が集まってくるものだ。
 
今年の担当は奇数班で<いわろう>の班は8班なので、そもそも参加する必要もないのだが、班長は、町会行事には基本的に全部出席する決まりになっているため、<いわろう>は、眠気眼をこすりこすり参加したのだ。しかし、雨降りだというのに、出席率65%と良いのには、会長以下役員全員が、驚いたり、感心したりだった。「問題意識が高い!」「今後の町内会の運営も安泰だ!」とS会長さんはご満悦だった。
 
530運動とは「ゴミを捨てない」「自分のゴミは自分で持ちかえる」ことによって、「美しく住み良い、環境にやさしいまちづくり」を推進する運動で、1975年(昭和50年)に愛知県豊橋市が始め、全国に広がった運動とされている。(出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)
 
<ゴミはゴミを呼ぶ>まさにその通りだ。ひとつ見つけると、その辺りに数個のゴミが捨てられているようだ。空き缶は典型的にその<法則>に従っている。「この空き缶は、あそこのコンビニで買ったものだよ!」誰かが言った。「どうして?判るんだ?」他の誰かが応えた。傘の陰で誰が言っているのか判らないし、そもそも町内会と言っても、こんな時にしか、お目にかかれない方々が多いので、誰の発言なのかよく判らないのが現状だ。

「あそこのコンビニで買って、歩きながら飲んで、丁度この辺りで一缶飲み干すのだ!」と推理したのだ。<いわろう>はなるほどと、人間の行動の普遍性を見たような思いだった。酷いものは、空き缶を他人の塀に、乗せて行っている者もいるのだ。
 
空き缶ポ~イの元凶には、もう一つ犯人が存在する。自動販売機の氾濫だ。業者同士の設置場所の争奪戦は熾烈を極めているらしい。設置努力と同じだけの精力で、<自分の空き缶は自分で持ち帰る>運動を展開して欲しい。5月30日だけではなく・・・ネ!。
2006/5/28
[PR]
by iwaserou | 2006-05-28 23:47

何が言いたい?

  社長さん!ご免なさい!先日<いわろう>は仕事中、サボって映画を観てきました。ジャンレノ見たさもあったのですが、つい評判に誘われ<ダ・ヴィンチ・コード>を観てきました。その率直な感想は、何故あれほど評判になったのか?不思議に思うほどの映画であった。原作を読んでいないので、論ずる資格はないのだが、小説としての醍醐味の方が多分優っているだろうと感じさせる映画であった。言い換えれば<脚本>の出来がイマイチと言うことかも知れない。
 
  比較文化史家・竹下節子氏が文藝春秋の今月号(2006/6月号)の<「ダ・ヴィンチ・コード」四つの嘘>で小説そのものが真実でない事を詳しく論破されている。その中に<キリスト教世界には、確かに厖大な文献や考古学の研究成果を駆使して緻密に構成された宗教テーマの歴史小説がたくさんあるが、その一方で、自由に想像力を駆使しただけで何の根拠もない秘教的なオカルト系小説もたくさんある。『ダ・ヴィンチ・コード』は後者にあたる。>と著述されている。
 
   <いわろう>にとってみれば、前者であろうが後者であろうが、どちらでも良いことで、映画としての<エンターテインメント 性>のなさに、フラストレーションを感じているのだ。そもそも映画に求められるテーマとして<愛><友情><勇気><正義>などがある。<いわろう>の理解力不足はさておき、僭越ながら言わせて貰うならば、『何がいいたいのだ?それがどうしたというのだ?』って突っ込みをいれたくなる映画であった。
 
   コンビニの隣にコンビニが出来るほどコンビニが増殖して、何でも扱ってゆく業態の変貌には、企業努力を認めるのだが、文房具までメーカーとタイアップしてやってしまうのには驚かされた。もっとも郊外型量販店の電気屋さんにカー用品が並んでいる世の中なのだから、コンビニで文房具を開発しても良いのかも知れない。昔、魚は<魚屋さん>で買い。野菜は<八百屋さん>で買っていたのだが<○○屋さん>という呼び名は、そろそろ死語になってしまう様相だ。そんな<何屋さん>か分からないようなお店が横行する世の中には、<何がいいたい?>のか分からない映画が、あってもいいのかなぁ~?
[PR]
by iwaserou | 2006-05-27 23:49

一発勝負

  昨夜は仕事の後、某メーカーの新製品講習会に出席してきた。その帰りのバスに乗り、最寄りの駅までの途中、長い信号待ちに出くわした。その間、何気なく見たビルの一階に有名学習塾の○○分校を見つけた。そこだけが真っ昼間のように明るい照明の下、来春の受験目指した若人達が、講師の指し示すホワイトボードを真剣な面持ちで、睨み付けていた。その壁には一枚の張り紙があった。<・・・練習は本番のつもりで、本番は練習のつもりで・・・> ってところだけが辛うじて読みとれた。
 
そういえば受験って酷なもんだ。一発勝負の世界なのだ。だからこそ本番でもリラックス出来るだけの実力を備えなければならないということなのだろう。何時間勉強しても、どれほど繰り返し学んでも、本番に合格せねば、全てが終わる。
 何事でも<自然体>で出来ればいいのだが・・・。
<いわろう>が少しかじりかけて、断念した<演劇>の世界でも盛んに<自然体で!>と教えられる。日常生活を切り取ったような<場>を作り出せれば本物だ。観客をその<場>の一員であるかのように思わせる<場>を創造出来るか否かは、演ずる側の本当の<自然体>によるところが大きい。 
 
<いわろう>の元所属していた芸プロスクールに現在も通っているS君からのメールにこんな事が書いてあった。何ヶ月か練習して、本番を撮影し編集をしたVTRを見たのだが、がっかりだったらしい。台詞を話しているときは身振りがとまり、動いているときは台詞がぎこちない。練習のとき、講師は何にも言ってくれないので、こんなもんかと思い、高を括っていたらしい。客観的に観て、いかに自分の<実力のなさ>を知った・・・。ってS君は、書いて寄越していた。
 
講師は身をもって<本番>を体験させることで、更に<演ずること>の深みに入れることを教えてくれたのだろう。練習中にS君達が、こうだの!ああだの!いっぱしの演技論を講師にぶつけても、何の回答もなかった講師が、VTRを観て一言「こんなもんだ!何処にも出せない!」って、そして「結果が全てなんだ!」っていったきりだったそうだ。

<演ずること>も<受験>と同じで、これまた一発勝負なのだ。そして、そこで結果を出せるのが<お金を取れる>プロであり<実力>と言うことだろう。
2006/5/26
[PR]
by iwaserou | 2006-05-26 09:41

教育とは・・・

   この間の日曜日の朝のことです。気持ちよく眠っていたら、お隣で怒鳴り声がした。
「何度、言ったらわかるんだ!」「・・・」「こっちが先だろうが!」「・・・」「違うって言ってるだろうが!ったくもう!」太くて低い凄味のある怒鳴り声で、すっかり目覚めてしまった。そういえば、カミさんが先日言っていた。お隣さんは持ち家で、10年目の修理を日曜からやります。何かとご迷惑をお掛けすると思いますが、よろしくとタオルを持ってご挨拶に来られたと聞いていたことを思い出した。
 
   屋根と壁の塗り替え作業のための足場を組んでいるのだ。それにしても、ドンクサイ職人を連れてきたものだ。どんな顔をしているのか、興味がわいてきた。そぉーと、障子を少し開けて、覗いて驚いた。なんと、中学生か?ひょっとすると小学生高学年ぐらいの年格好の男の子だった。子供じゃないか?あそこまで厳しく言うこともないのに・・・。
 でも<いわろう>は思った。あんな頃から身体で覚える職人業は将来筋金入りのものになるだろうとピントはずれな事を思った。
 
   教え、そして育てると書いて<教育>と呼ぶ。子を持つ親としては、自分の子だけはイヤな、はやり言葉だが<勝ち組>に入れたい気持ちもわからないこともないが・・・。
 私立中学に合格するための生活習慣、子ども部屋の作り方、海外の教育事情……。「子どもの教育」とは縁遠かったビジネス誌やデザイン誌が最近、子育てや受験に迷う親向けに特化した誌面作りに乗り出している。購読層の多くが首都圏に集中しているのが特徴だ。「子育てのヒント」を探しあぐねる都会のパパやママたちの心をどこまでつかめるだろうか。・・・・「習い事も塾も、人より少しでも早くに始めさせようとする。早期教育の過熱で、昔以上の受験競争が起きている」・・・「夜遅くまで塾に通うより、家族と一緒に食事をしたり、もっと大事なことがあるのではないか」・・・。一方で、「私立に入れれば何となく安心、という親の気持ちも理解できる」という。「受験地獄」から、ゆとり教育、そして受験熱が再来しているとみている。(一部アサヒドットコムを転用)
 
   <いわろう>は、あのドスの利いた声の親方と楽しそうに<昼飯>を食べて、柔和な顔をしている<怒鳴られていた少年>をみて、教育とは、むしろ教えるよりも<育てる>方が重要のように思えた。
[PR]
by iwaserou | 2006-05-25 23:51

継続は力なり!

原稿をもらって思うこと。
失礼ながら、TBさせていただきます。<いわろう>こと岩瀬労と申します。<ものを書く>ことを生業にしたいと思いつつとんでもない遠回りをして行き着けず<還暦>を目の前にした団塊世代のチョイ悪オヤジです。<ブログ>とかいう世界を見つけ、<眠りかけた書きたい!>魂を燃やしております。何でもいい<継続は力なり>で、毎日書くことをノルマにがんばっております。よろしかったら、小生のブログに、お立ち寄りください。尚、貴ブログをリンクさせていただき、今後も愛読させていただこうと思っております。
 
[PR]
by iwaserou | 2006-05-25 01:07 | トラックバック

何のご相談?

  雷鳴轟き、時折激しい雨の降りしきる中、今日は残業ノーディーとのことでもあり、新入女子社員のMちゃんとデート(?)してきた。先日、観劇の切符を戴いたままになっていたので、洒落たイタメシでもと、食事を誘ったら、Mちゃんの方から「丁度、岩瀬さんに相談したいことがあるの・・・」って即デートが成立になった。目的のイタメシ屋へのタクシーが、急な雨でその先の道が冠水して渋滞にはまってしまった。イタメシ屋は今度と言うことで、UターンしてMちゃん行きつけの居酒屋Wに行くことになった。

「相談って?」「辞めようと思ってるの」いきなりMちゃんは、今年入社したばかりの我が社を辞めたいのだと言い出したのだ。「他に良いところでも見つかったのかい?」「別に」「何が、不満なんだい?」「別に・・・。」「別にって言ったって何か理由がなければ・・・辞めたいって・・・?」「って言うか?何もかもウザッタイの?」<いわろう>の方がよほどウザッタくなった。大ジョッキーのビールを豪快に飲み干しながらMちゃんは「Nちゃんも辞めるって!」先日のファミコン敬語を部長に叱られてから辞めたいと思い出したのだそうだ。「おいおい君たちったら・・・」
 
典型的な<五月病>だ。Mちゃんは始め「五月病?学生でもないのに・・・また!」って受け付けなかったのだが、終い頃には<いわろう>の説明を黙って聞いていた。 
 五月病とは、新人社員や大学の新入生などに見られる、新しい環境に適応できないことに起因する精神的な病状の総称である。四月には新しい環境への期待があり、やる気があるものの、その環境に適応できないでいると人によってはうつ病に似た症状がしばしば五月の連休明けに起こることが多いことからこの名称がある。抑うつ症、無気力、不安感、焦りなどが特徴的な症状である。主訴には、不眠、疲労感、やる気が出ないなどがよく出てくる。(転用: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)
 
コップ一杯のビールをつき合いで飲んだだけの<いわろう>は、真っ赤な顔になり、「岩瀬さん!一人で全部飲んだみたい!」ってMちゃんにからかわれながらも、「みんなが通る<五月病>の道なのだから、心機一転して明日の朝からまた笑顔で一緒に働こう!」
って激励したのだが、自分は酔いが回ってきて、頭がジィーン。這うように帰宅した。
2006/5/24
[PR]
by iwaserou | 2006-05-24 23:41