68歳の元気ジジイで~す♪


by iwaserou
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タグ:アルバイトの思い出 ( 3 ) タグの人気記事

事故を思い出す

 この時期になると思い出すことがある。最近では見かけなくなった<風景>だが、自転車の荷台に贈答品を山積みして、百貨店からの<中元>を配達する<アルバイト>の姿だ。荷台に設えた茶箱ほどの大きさの厚紙の箱に、網をつけその箱からはみ出した<贈答品>を出来るだけ上の方に網で積み上げ、運んでいた姿は、現在ではもう見られない。

 四十年近く前の話だ。吹き出す汗を首から掛けたタオルでぬぐいながら、一軒一軒配達して回る<アルバイト>があった。確か<能力給>で一個何円かでやっていたようだ。
 兄がその<アルバイト>で稼いでいるのをみて<いわろう>も<儲けよう>と思ったのだが、さすがに腕力のない<いわろう>には不向きだった。試しにと山積みした自転車をスタンドから前に出したとたん、バランスを崩し、大切な<お届け品>をその場に投げだし、自転車もろともひっくり返ってしまったのだ。

 仕方なく<固定給>の軽四による配達に回されてしまったのだ。楽と言えば、楽だったのだが、あまり稼ぎは良くなかった。ある日、午後からの配達を全部すませて夕刻、配達所目指して快走していた。走り慣れた道路ということもあり、安全確認もそこそこに四つ角を通過・・・<ドシ~ん>・・・身体が宙を舞うのが判ったが・・・何故?と始め思った。気づいたときは、運転台を下にして横転していた。オマケに軽四がスッポリはまる程の側溝の中だった。宇宙飛行士の帰還の様に<いわろう>は助手席側からのこのこ出、辺りを見渡して、やっと理解出来た。タクシーと衝突したのだ。

 気持ちが動転している<いわろう>に、駆けつけたタクシー会社の<事故係員>がまくし立ててくる。二十歳そこそこの<いわろう>は何が、どうして 、どうなっているのか判らず、たじたじだった。

 ところが事態が急変したのだ。タクシーの<事故係員>の態度がコロッと変わったのだ。後で知ったのだが、<いわろう>の軽四の左後ろにタクシーが衝突。つまり、交差点を通過し終わっている<いわろう>に前方不注意のタクシーが衝突し、一方的に<先方>のミスとの決着だった。もう少し遅く、あの交差点を通行していたら・・・今の<いわろう>は、ここにいないのだ。<中元シーズン>にはいつも、この<事故>を思い出す。
2006/6/29


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by iwaserou | 2006-06-29 23:57

おいしかった

  先日、社長の名代として<某メーカーMの特約店総会>に出席してきた。会場は都営大江戸線赤羽橋から徒歩五分のT・Pホテルであった。躍進続ける元気あるメーカーの熱のこもったトークに<より売らねば>と思う<闘志>をもらってきた。二部の<懇親会>も予定通り五時にお開きとなり、直帰しょうと赤羽橋に向かいながらも、目に入った<どでかい構造物>が気になった。ご存知<東京タワー>だ。
 
  <いわろう>は中学の修学旅行以来四十数年ぶりの<ご訪問>になる。懐かしさで、引き込まれることになった。展望台からみる<夕闇迫る風景>は、絶対に四十年前の面影など残していない。はずなのに、その角から<いわろう少年>が出没してきそうな錯覚を持った。なぜならば、修学旅行の団体が溢れていたし、土産物屋の品揃えが<昔ながら>のものがたくさんあったからだ。事実、何度となく引っ越しを繰り返しているのに、いまだに大切に持っている<タワーのミニチュア >なんかも並べ、売られていた。<いわろう>が修学旅行でここに訪れて、四十年前買ったものだ。
 
  懐かしさを<満腹>にして、フートビルを出て観光バスの列に出くわした。さっき、展望台で出会った学生を乗せて来たのだろう。<ピイピイピ~イ>バスを誘導する<笛の音>で、学生時代観光バスの添乗員を暫くやっていたことを思い出した。三十七、八 年前当時は、夜間の<女性勤務>が認められていなくて、夜行バスの添乗員は<男性>が担当した。翌朝、現地で<女性バスガイドさん>に交代したのだ。いろんな意味で、あんな<おいしいアルバイト>はなかった。
  
  当時、在住していた<神戸>を中心に東は、伊豆・箱根 へ、西は山陰、四国 はもちろん北九州までの観光地は総ナメにした。もちろん帰りの交通費まで支給されたので、ウハウハ遊んでブラブラ帰って来たものだ。アルバイト賃以上に浪費したこともあったのだが、いろいろな人との<出会い>があったし、見識を広めるのに大いに役立ったと思う。

  世の中、捨てたモンじゃあない!乗り合わせた<お客様>からの<おこころ付け>所謂、<チップ>だ!浪費したあと<受けた仕事>で、それこそアルバイト賃以上の<チップ>を戴いたこともある。その節は、ありがとうございました。
ただ、運転手さんの横でコックリと居眠りしてただけなのに・・・<おいしかった!>。
2006/6/6
 
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by iwaserou | 2006-06-06 23:39

手さばき?

 大相撲の横綱審議委員会(石橋義夫委員長)が22日、東京・両国国技館で開かれ、夏場所の土俵について意見交換した。会合後に記者会見した石橋委員長は、初優勝した白鵬の名古屋場所後の横綱昇進に強い期待感を示した。同委員長は「新大関で14勝は大変なこと」と高く評価。個人的見解とした上で、綱とりの条件として「優勝に準ずる成績なら評価してよいのではないか。過去には13勝で昇進した例もある」と述べた。また席上、右ひじのけがで途中休場した朝青龍について、相撲協会から名古屋場所に出場できそうだとの報告があった。(ここまで時事通信の記事を転用させていただきました。)
 
いよいよ東西の両横綱がモンゴル人となりそうな勢いだ。そのうち三役以上全部が外国人力士になる日も近い。相撲界も国際化の波が怒濤のごとく押し寄せてきているようだ。
 かれこれ四十年も前のこと、柏戸、大鵬が全盛期の時代(昭和42~43年頃)<いわろう>は大阪・梅田の某スポーツ新聞社でアルバイトをしたことがある。出来るだけ毛色の違う仕事を経験しておこう、新聞記者の真似事をやってみようと、応募もしてないスポーツ新聞社に見習いで潜り込んだのだ。初めは、使い走りであった、「岩瀬!資料室から○○の写真持ってきてくれ!」数多く引き出しの並んだ資料室に、何でも揃っているのには驚いた。そうこうしているうちに、<手さばき>を電話で受ける担当が回ってきた。
 
<手さばき>とは相撲の内容のことである。立ち合いがどうの、上手をどちらが取って、どのような決まり手だった。などの相撲の取り口のことだ。、ベテランの解説員が土俵際に陣取り、取り組み一番一番を勝負が決まってからものの二三分後電話で、<手さばき>の口語原稿を送ってくるのだ。それを電話で受け、大きな升目の原稿用紙に<文字>に書き起こす仕事だった。これは結構、大変な思いをした。社で、音を殺したテレビで<相撲生放送>を観ながら、ホットラインの受話器を握りしめて待っているところに<手さばき>。

平仮名ばっかりの原稿をデスクに出した恥ずかしさが<いわろう>にその後、読書の習慣をつけさせたのかも知れない。自分が受け、記事になった<手さばき>が早番で刷られた新聞を駅の売店で、深夜帰宅時に購入し、手にしたときの<喜び>は格別であった。
とっくの昔に、電子メールという文明の利器にその座を明け渡しているのだろうが・・・。
2006/5/23
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by iwaserou | 2006-05-23 02:49