人気ブログランキング |

岩瀬労に言わせろう!

iwaserou.exblog.jp
ブログトップ

丸裸にされても···いいの

メタセコイアという樹木を、ご存じだろうか?

ヒノキ科メタセコイア属の落葉樹である。松の木のような葉っぱで、真っ直ぐ天に向かって伸びる枝の多い木だ。庭掃除の人には、落ち葉が半端でなく、厄介がられるが(いわろう)は、どちらかというと好みの木だ。

ある客先での、そのメタセコイアのお話だ。

その客先に久しぶりに訪問すると、玄関先にあった15メーターほどの高さにまで育ったメタセコイアが、丸裸にされているではないか。聞くところによると、建物の増設で邪魔になるので、裏庭に移植するとか。移植先が狭いため、最小限度の枝を残してバッサリと繁っていた枝を切り落としたとか。

それは残念と思わず呟く(いわろう)に、担当者はばつ悪そうにニヤリとした。

(いわろう)が、結構!この樹には、癒されてますからというと、担当者は意外とそうおっしゃる方が多くてと、思案顔に曇った。でも、優先順位から移植することになったのだろう。

ところがそこで、大きな問題が発生した。

当工場を新設するため取得した土地は、もと建設資材置き場であったらしく、当新工場建設を急ぐあまり、更地にする段階で、側溝などそのままにし、盛り土をして建設したらしいのだ。それが、玄関先にメタセコイアを植えるときに気づいたらしい。ところが、植樹当時、誰も予想もしなかった事態にいま驚いている。

メタセコイアの生命力に、掘り起こされた現状を覗き込む人々すべてが、唖然とするそうである。取り壊されずに残した旧側溝のコンクリートを、メタセコイアの太い根が抱き込むように伸びているではないか?樹木の生きることへの執着心を、語る言葉より強力な説得力で、見る人に訴えかけてくる。

そういえば、メタセコイアは1946年、中国四川省で現存していることが確認される以前、日本を含む北半球で化石として発見されるのみで、絶滅した樹木とされていたと聞く。考えてみれば、人生たかだか100年しかない人間様なんかの生命力など足元にも及ばない樹木たちの生命力に脱帽!するのみである。

改めて、丸裸にされたメタセコイアを見上げ、畏敬の念すら抱く(いわろう)がそこにいた。



参考資料:ウィキペディア・メタセコイア
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A1%E3%82%BF%E3%82%BB%E3%82%B3%E3%82%A4%E3%82%A2



70歳代ランキング
にほんブログ村 ライフスタイルブログ ポジティブな暮らしへ
にほんブログ村


# by iwaserou | 2019-07-14 12:17 | 日記 | Trackback | Comments(0)

「すぐ死ぬんだから」内館牧子・著<講談社>を読んだ

「絶対」という言葉があるが、人生における「絶対」は、ただひとつ。この世に生を授かったものは「絶対」に死ぬということだ。人はみな、ひとりで生まれて来て、ひとりで死んでゆく。若かりし頃、死ぬということが猛烈に恐ろしく感じる時期もあった。


古希を過ぎ、友人や親族など身近な人が亡くなることが多くなった昨今、あと何年生きられるかと・・・ふと考え「自分の死」と正面から、冷静に向き合えるようになった。主人公・ハナは「ならばあと10年を、好きなように生きて何が悪い。犯罪以外は何をやってもいい年齢だろう」と開き直る。


死に方を考えるということは、生き方を考えることだといわれる。「いい人生だった」と逝けるよう「生涯現役の看板」をより高く掲げる<いわろう>である。


「事実は小説より奇なり」といわれ、現実には予想だにしなかった事件に遭遇したり、まったく想定外の立場に立たされることがあるのは確かである。ところが、この小説は、その上を行く展開に読者を引っ張って行く。「小説は事実よりもっと奇なり!」の世界である。


ネタバレしたくないので、起承転結の「その転」を、これから読む読者に楽しみとして、取って置くことにしよう。


ところで、登場人物のキャラに少々違和感を覚える人も少なくないだろう。『こんな人っているの?』とか『ここまで性格が変化する?』など読後、頭に未消化な残渣が残るのが、せっかく前半が面白かったので誠に残念だ。



すぐ死ぬんだから

内館 牧子/講談社




<いわろう>のお薦め度 ★★★☆☆


<いわろう>のお薦め度規準

(独断と偏見です。あしからず)

★★★★★蔵書にして読み返したい

★★★★☆読みごたえありでお薦め

★★★☆☆そこそこ読みごたえあり

★★☆☆☆時間つぶしにはなります

★☆☆☆☆時間の無駄使いだけです



70歳代ランキング
にほんブログ村 ライフスタイルブログ ポジティブな暮らしへ
にほんブログ村




# by iwaserou | 2019-05-05 21:35 | 読書感想文(お薦め度付き) | Trackback | Comments(0)

それは、トイレにあるよ!

昨日のこと。


早く目覚めたので、暖かい日差しに誘われて散歩に出かけた。丁度、小学生たちの登校時間のようだ。ピカピカの新入生も、そろそろ学校に慣れて来たころだろうか?真新しいランドセルを眺めながらそんなことを思っていた。


そこへ、背後からやって来た黒色の乗用車が、私を追い越すなりピタリッ!と停まった。そのパワーウインドウが静かに開き、顔をだした男性が、生徒の列の一人に大声で、「○○君!座ってするトイレがあるところをウチの子に教えてやってくれる?」と、その子を呼び止めたのだ。


その車の助手席に沈んでいる子供は、おそらく新一年生なのだろう。腹を押えて便意を堪えている様子だ。<いわろう>は、随分過保護だなァ~なんて、大昔の小言をいいそうになった。最近では、車で送り迎えする親御さんはめずらしくもないそうだ。


ところで、呼び止められた、その男の子の返答に<いわろう>はウケた!


「トイレにあるよ!」

「・・・」新一年生のお父さんは、言葉を失い複雑な面持ちだった。


確かにそれはトイレにある!


体育館や講堂や、ましてや職員室や校長室にも多分ないだろう!お父さんは、人選を誤ったのを後悔しつつ、その男の子を見送っていた。子どもの純真なこころを覗けた、なんと清々しい朝の風景だったんだろう。



更新を通知する



70歳代ランキング
にほんブログ村 ライフスタイルブログ ポジティブな暮らしへ
にほんブログ村







# by iwaserou | 2019-04-20 10:50 | 人間観察 | Trackback | Comments(0)

「マン臭事変」と「満州事変」の違いについての一考察

外国人の皆さんが日本語を習得するにあたり、難関のひとつとしてあげるのに<同音意義>がある。今回取り上げる単語の「まんしゅうじへん」もその一つである。


「マン臭事変」とは、性交の前戯として極一般的に行われる、<クンニリングス(単にクンニともいう)>時に女性器から立ち上がるニオイによって、殿方が下腹部の一物に<事変>をきたす様子を指す<ネットスラング>である。


自称ドスケベで<ニオイフェチ>の友人Y君などは、この事変に見舞われた折、「幸せ!」と叫ぶやに聞く。そのスジの統計資料によれば、Y君のような殿方は結構多いとされている。


一方「満州事変」とは、1931年(昭和6年)9月18日に、中華民国郊外の柳条湖で、関東軍が南満州鉄道の線路を爆破した事件に端を発し、関東軍による満州全土の占領を経て、1933年5月31日の塘沽協定成立に至る、日本と中華民国との間の武力紛争のことである。


あえて共通項を示すとすれば、血気盛んな男性をより興奮させるということだろうか?いずれにしても、片や個人的な事案であり、片や国際的な事案であるという、大きな違いがあることだけでも、ご理解いただければ結構だ。


日本語習得に励んでおられる外国人諸君!同音異義の「まんしゅうじへん」の違いをご理解いただけただろうか?はなはだ、簡単だが、このへんで「日本語講座」を終わらせていただく。


ご精読ありがとう!


更新を通知する



70歳代ランキング
にほんブログ村 ライフスタイルブログ ポジティブな暮らしへ
にほんブログ村







# by iwaserou | 2019-04-14 18:12 | 違いについての一考察 | Trackback | Comments(0)