岩瀬労に言わせろう!

iwaserou.exblog.jp

<いわろう>は、団塊世代のジジイです!今日も元気だ!ブログが書ける!

ブログトップ

2006年 09月 23日 ( 1 )

東京?京都?

 明治新政府首脳は江戸への遷都を考えていたが、京都の公家らの反発が強かったため、とりあえず「江戸もみやこである」と宣言したといわれている。そして「江戸もみやことなった以上、天皇は江戸(東京)でも政治を行う必要がある」という理屈で天皇の行幸(東京行幸)が計画された。

明治天皇は、明治元年10月(1868年11月)に東京(江戸城改め『東京城』)に入り、その後一度は京都へ戻る。明治2年3月(1869年5月)に再び東京(この年、『東京城』が『皇城』とされた)入りし、太政官が移された。以後、天皇と政府は京都へ戻ることはなく、事実上の「東京遷都」が果たされたとも言われる(今日にいたるまで「東京遷都」は法令によって明確にされておらず、東京を首都と直接定める法令も存在しない、一方京都御所は現在に至るまで廃止されておらず、紫宸殿には天皇の在所を示す高御座が安置されているとして遷都を否定する意見もある。

また、第二次大戦後には、日本国憲法によって主権が天皇ではなく国民に存すると宣言されたため、国権の最高機関である国会の所在地をもって東京を首都とみなすのが妥当であるという考えもある。

<京都地裁(京都市中京区)の近藤猛司裁判官が今月6日、不動産の売却執行に対する執行抗告の却下決定をした際、主文の肩書を「京都地裁」ではなく「東京地裁」と誤記していたことがわかった。執行抗告は、京都市左京区の庭園「何有(かゆう)荘」の競売をめぐり、同荘を所有していた宗教法人「大日山法華経寺」(解散命令確定)が8月、競売による売却処分に対して申し立てていた。京都地裁は今月6日、「抗告は不適法」として却下したが、A4判2枚の主文は近藤裁判官の肩書を「東京地方裁判所第5民事部」、裁判官書記官の肩書を「同日同庁」と記載したため、東京地裁が出した決定のようになっていた。これに対し、宗教法人の代理弁護士は、最高裁に原因の調査と謝罪を求める文書を送付している。京都地裁の那須彰所長は「誠に遺憾。再発防止に万全を期したい」としている。(アサヒドットコム引用・編集)>

 首都が<東京>であるという法令も存在しなく、裁判所でもいい加減なのに、われわれが法務局に謄本を申請するときなど、住所表記が一字違っていても交付されない。例えば、1番1号を1番の1号と書いたら、受け付けてくれないのだ。裁判所さんもしっかりして下さいヨ。
2006/9/23

参考文献:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

人気Blogランキングへ←順位?気になります(^o^)

にほんブログ村 ブログブログへ←コチラも気になります(^o^)よろしくネ!
[PR]
by iwaserou | 2006-09-23 23:32