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530運動に思う

  今朝、日曜というのに、それも九時から、それも雨の中、傘さしてのこのこ出掛けなければならなかったのだ。町会の役員としての責務遂行のためだ。一足早いが、530運動(ゴミゼロ運動)の一環として、町内清掃を<雨天決行>で、行ったのだ。 町内の清掃とT近隣センターまでの道ばたの紙くずや、空き缶を集めて歩いたのだ。普段は気づかずに行き来している道も、探せば結構<ゴミ>が集まってくるものだ。
 
今年の担当は奇数班で<いわろう>の班は8班なので、そもそも参加する必要もないのだが、班長は、町会行事には基本的に全部出席する決まりになっているため、<いわろう>は、眠気眼をこすりこすり参加したのだ。しかし、雨降りだというのに、出席率65%と良いのには、会長以下役員全員が、驚いたり、感心したりだった。「問題意識が高い!」「今後の町内会の運営も安泰だ!」とS会長さんはご満悦だった。
 
530運動とは「ゴミを捨てない」「自分のゴミは自分で持ちかえる」ことによって、「美しく住み良い、環境にやさしいまちづくり」を推進する運動で、1975年(昭和50年)に愛知県豊橋市が始め、全国に広がった運動とされている。(出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)
 
<ゴミはゴミを呼ぶ>まさにその通りだ。ひとつ見つけると、その辺りに数個のゴミが捨てられているようだ。空き缶は典型的にその<法則>に従っている。「この空き缶は、あそこのコンビニで買ったものだよ!」誰かが言った。「どうして?判るんだ?」他の誰かが応えた。傘の陰で誰が言っているのか判らないし、そもそも町内会と言っても、こんな時にしか、お目にかかれない方々が多いので、誰の発言なのかよく判らないのが現状だ。

「あそこのコンビニで買って、歩きながら飲んで、丁度この辺りで一缶飲み干すのだ!」と推理したのだ。<いわろう>はなるほどと、人間の行動の普遍性を見たような思いだった。酷いものは、空き缶を他人の塀に、乗せて行っている者もいるのだ。
 
空き缶ポ~イの元凶には、もう一つ犯人が存在する。自動販売機の氾濫だ。業者同士の設置場所の争奪戦は熾烈を極めているらしい。設置努力と同じだけの精力で、<自分の空き缶は自分で持ち帰る>運動を展開して欲しい。5月30日だけではなく・・・ネ!。
2006/5/28
by iwaserou | 2006-05-28 23:47 | Trackback | Comments(0)

何が言いたい?

  社長さん!ご免なさい!先日<いわろう>は仕事中、サボって映画を観てきました。ジャンレノ見たさもあったのですが、つい評判に誘われ<ダ・ヴィンチ・コード>を観てきました。その率直な感想は、何故あれほど評判になったのか?不思議に思うほどの映画であった。原作を読んでいないので、論ずる資格はないのだが、小説としての醍醐味の方が多分優っているだろうと感じさせる映画であった。言い換えれば<脚本>の出来がイマイチと言うことかも知れない。
 
  比較文化史家・竹下節子氏が文藝春秋の今月号(2006/6月号)の<「ダ・ヴィンチ・コード」四つの嘘>で小説そのものが真実でない事を詳しく論破されている。その中に<キリスト教世界には、確かに厖大な文献や考古学の研究成果を駆使して緻密に構成された宗教テーマの歴史小説がたくさんあるが、その一方で、自由に想像力を駆使しただけで何の根拠もない秘教的なオカルト系小説もたくさんある。『ダ・ヴィンチ・コード』は後者にあたる。>と著述されている。
 
   <いわろう>にとってみれば、前者であろうが後者であろうが、どちらでも良いことで、映画としての<エンターテインメント 性>のなさに、フラストレーションを感じているのだ。そもそも映画に求められるテーマとして<愛><友情><勇気><正義>などがある。<いわろう>の理解力不足はさておき、僭越ながら言わせて貰うならば、『何がいいたいのだ?それがどうしたというのだ?』って突っ込みをいれたくなる映画であった。
 
   コンビニの隣にコンビニが出来るほどコンビニが増殖して、何でも扱ってゆく業態の変貌には、企業努力を認めるのだが、文房具までメーカーとタイアップしてやってしまうのには驚かされた。もっとも郊外型量販店の電気屋さんにカー用品が並んでいる世の中なのだから、コンビニで文房具を開発しても良いのかも知れない。昔、魚は<魚屋さん>で買い。野菜は<八百屋さん>で買っていたのだが<○○屋さん>という呼び名は、そろそろ死語になってしまう様相だ。そんな<何屋さん>か分からないようなお店が横行する世の中には、<何がいいたい?>のか分からない映画が、あってもいいのかなぁ~?
by iwaserou | 2006-05-27 23:49 | Trackback | Comments(0)

一発勝負

  昨夜は仕事の後、某メーカーの新製品講習会に出席してきた。その帰りのバスに乗り、最寄りの駅までの途中、長い信号待ちに出くわした。その間、何気なく見たビルの一階に有名学習塾の○○分校を見つけた。そこだけが真っ昼間のように明るい照明の下、来春の受験目指した若人達が、講師の指し示すホワイトボードを真剣な面持ちで、睨み付けていた。その壁には一枚の張り紙があった。<・・・練習は本番のつもりで、本番は練習のつもりで・・・> ってところだけが辛うじて読みとれた。
 
そういえば受験って酷なもんだ。一発勝負の世界なのだ。だからこそ本番でもリラックス出来るだけの実力を備えなければならないということなのだろう。何時間勉強しても、どれほど繰り返し学んでも、本番に合格せねば、全てが終わる。
 何事でも<自然体>で出来ればいいのだが・・・。
<いわろう>が少しかじりかけて、断念した<演劇>の世界でも盛んに<自然体で!>と教えられる。日常生活を切り取ったような<場>を作り出せれば本物だ。観客をその<場>の一員であるかのように思わせる<場>を創造出来るか否かは、演ずる側の本当の<自然体>によるところが大きい。 
 
<いわろう>の元所属していた芸プロスクールに現在も通っているS君からのメールにこんな事が書いてあった。何ヶ月か練習して、本番を撮影し編集をしたVTRを見たのだが、がっかりだったらしい。台詞を話しているときは身振りがとまり、動いているときは台詞がぎこちない。練習のとき、講師は何にも言ってくれないので、こんなもんかと思い、高を括っていたらしい。客観的に観て、いかに自分の<実力のなさ>を知った・・・。ってS君は、書いて寄越していた。
 
講師は身をもって<本番>を体験させることで、更に<演ずること>の深みに入れることを教えてくれたのだろう。練習中にS君達が、こうだの!ああだの!いっぱしの演技論を講師にぶつけても、何の回答もなかった講師が、VTRを観て一言「こんなもんだ!何処にも出せない!」って、そして「結果が全てなんだ!」っていったきりだったそうだ。

<演ずること>も<受験>と同じで、これまた一発勝負なのだ。そして、そこで結果を出せるのが<お金を取れる>プロであり<実力>と言うことだろう。
2006/5/26
by iwaserou | 2006-05-26 09:41 | Trackback | Comments(0)

教育とは・・・

   この間の日曜日の朝のことです。気持ちよく眠っていたら、お隣で怒鳴り声がした。
「何度、言ったらわかるんだ!」「・・・」「こっちが先だろうが!」「・・・」「違うって言ってるだろうが!ったくもう!」太くて低い凄味のある怒鳴り声で、すっかり目覚めてしまった。そういえば、カミさんが先日言っていた。お隣さんは持ち家で、10年目の修理を日曜からやります。何かとご迷惑をお掛けすると思いますが、よろしくとタオルを持ってご挨拶に来られたと聞いていたことを思い出した。
 
   屋根と壁の塗り替え作業のための足場を組んでいるのだ。それにしても、ドンクサイ職人を連れてきたものだ。どんな顔をしているのか、興味がわいてきた。そぉーと、障子を少し開けて、覗いて驚いた。なんと、中学生か?ひょっとすると小学生高学年ぐらいの年格好の男の子だった。子供じゃないか?あそこまで厳しく言うこともないのに・・・。
 でも<いわろう>は思った。あんな頃から身体で覚える職人業は将来筋金入りのものになるだろうとピントはずれな事を思った。
 
   教え、そして育てると書いて<教育>と呼ぶ。子を持つ親としては、自分の子だけはイヤな、はやり言葉だが<勝ち組>に入れたい気持ちもわからないこともないが・・・。
 私立中学に合格するための生活習慣、子ども部屋の作り方、海外の教育事情……。「子どもの教育」とは縁遠かったビジネス誌やデザイン誌が最近、子育てや受験に迷う親向けに特化した誌面作りに乗り出している。購読層の多くが首都圏に集中しているのが特徴だ。「子育てのヒント」を探しあぐねる都会のパパやママたちの心をどこまでつかめるだろうか。・・・・「習い事も塾も、人より少しでも早くに始めさせようとする。早期教育の過熱で、昔以上の受験競争が起きている」・・・「夜遅くまで塾に通うより、家族と一緒に食事をしたり、もっと大事なことがあるのではないか」・・・。一方で、「私立に入れれば何となく安心、という親の気持ちも理解できる」という。「受験地獄」から、ゆとり教育、そして受験熱が再来しているとみている。(一部アサヒドットコムを転用)
 
   <いわろう>は、あのドスの利いた声の親方と楽しそうに<昼飯>を食べて、柔和な顔をしている<怒鳴られていた少年>をみて、教育とは、むしろ教えるよりも<育てる>方が重要のように思えた。
by iwaserou | 2006-05-25 23:51 | Trackback | Comments(0)

手さばき?

 大相撲の横綱審議委員会(石橋義夫委員長)が22日、東京・両国国技館で開かれ、夏場所の土俵について意見交換した。会合後に記者会見した石橋委員長は、初優勝した白鵬の名古屋場所後の横綱昇進に強い期待感を示した。同委員長は「新大関で14勝は大変なこと」と高く評価。個人的見解とした上で、綱とりの条件として「優勝に準ずる成績なら評価してよいのではないか。過去には13勝で昇進した例もある」と述べた。また席上、右ひじのけがで途中休場した朝青龍について、相撲協会から名古屋場所に出場できそうだとの報告があった。(ここまで時事通信の記事を転用させていただきました。)
 
いよいよ東西の両横綱がモンゴル人となりそうな勢いだ。そのうち三役以上全部が外国人力士になる日も近い。相撲界も国際化の波が怒濤のごとく押し寄せてきているようだ。
 かれこれ四十年も前のこと、柏戸、大鵬が全盛期の時代(昭和42~43年頃)<いわろう>は大阪・梅田の某スポーツ新聞社でアルバイトをしたことがある。出来るだけ毛色の違う仕事を経験しておこう、新聞記者の真似事をやってみようと、応募もしてないスポーツ新聞社に見習いで潜り込んだのだ。初めは、使い走りであった、「岩瀬!資料室から○○の写真持ってきてくれ!」数多く引き出しの並んだ資料室に、何でも揃っているのには驚いた。そうこうしているうちに、<手さばき>を電話で受ける担当が回ってきた。
 
<手さばき>とは相撲の内容のことである。立ち合いがどうの、上手をどちらが取って、どのような決まり手だった。などの相撲の取り口のことだ。、ベテランの解説員が土俵際に陣取り、取り組み一番一番を勝負が決まってからものの二三分後電話で、<手さばき>の口語原稿を送ってくるのだ。それを電話で受け、大きな升目の原稿用紙に<文字>に書き起こす仕事だった。これは結構、大変な思いをした。社で、音を殺したテレビで<相撲生放送>を観ながら、ホットラインの受話器を握りしめて待っているところに<手さばき>。

平仮名ばっかりの原稿をデスクに出した恥ずかしさが<いわろう>にその後、読書の習慣をつけさせたのかも知れない。自分が受け、記事になった<手さばき>が早番で刷られた新聞を駅の売店で、深夜帰宅時に購入し、手にしたときの<喜び>は格別であった。
とっくの昔に、電子メールという文明の利器にその座を明け渡しているのだろうが・・・。
2006/5/23
by iwaserou | 2006-05-23 02:49 | Trackback(1) | Comments(0)

話せばわかる?

 「岩瀬さん!演劇に興味ありますよネ?」新入社員のMちゃんが、先日のお昼に誘ってくれた。友達と行く約束でチケットを二枚買っていたのだが、友達が急に行けなくなったので、岩瀬さん行かれますか?とのこと、二つ返事で承諾しMちゃんと過日観劇してきた。
 
  中野ザ・ポケットでの<東京セレソンデラックス>による舞台『流れ星』で、「家族の絆」をテーマにお馬鹿で心やさしい人間たちが織り成すほろ苦く切ない物語であった。
 天才の誉れ高い<宅間孝行氏(サタケミキオ)>が作・演出・主演で、笑って笑って優しい気持ちになれる笑いと涙のセレソンワールドを堪能してきた。ケロンパ(うつみ宮土理さん)が惚れ込んで、妻役で共演したというだけあって、しっかりとした舞台だった。
 
  惚れて一緒になった夫婦も何十年も一緒に居ると、お互いに<空気>みたいな存在になる。お互いに何を考えているのか、何にも考えてくれていないのか、皆目わからず、ただ同居人として同じ空間だけを共用しているだけになってしまっている。
 でもケロンパは夫の死後、夫が自分のことを想い、慕い続けていて、夫が四つの願いを叶えてやろうとしていたことを知って愕然と涙にくれる。ラストの暗闇の中、会場のあちらこちらからすすり泣く声が聞こえていた。
 
  印の付いた流れ星を何十年も妻に内緒で集めて歩く夫など実世界にはいないだろうが、
舞台でのあの表現は、目には見えない深層心理の具現化の一テクニックとして、誠にメルヘンチックで、毒舌<いわろう>も舌を巻いたものだ。
 昭和七(1932)年、首相官邸で犬養毅首相が、海軍士官らによって射殺された5.15事件。「話せばわかる」と制した首相は残念ながら聞き入れられなく銃弾に倒れた。が、夫婦の間では「話せばわかる」まして「愛している」との言葉は百万馬力の力がある。
 
  しかし欧米諸国ならいざ知らず、我が国の風土はまだまだ、<黙して語らず>で<威厳>を持っている?夫達が大半だろう。「愛している」って言えなくても、まず少しずつ会話を増やしていくことが、家庭づくりの基礎になりそうだ。理想を言えば夫婦で何でも話せる仲でありたいものだ。でも実際はそんなにたやすいことでもない。小さな声で言う、かく言う<いわろう>も、カミさんとまともな会話をここんとこやっていないのだ・・・。
2006/5/22
by iwaserou | 2006-05-22 23:47 | Trackback | Comments(0)

モウ~勘弁しません!

  電子メールでのやり取りが当たり前の時代、切手貼って手紙を出すことはほとんどしなくなった。でも小物の輸送となると、切手を貼って送ることはたまにある。ところでその時、切手をついなめて貼り付ける。あれってあまり衛生上、好ましくないことだが・・・ついやってしまうのだ。それ用にとスポンジを水に浸して広口の小瓶に入れてはあるのだが、いざ使うときにはカラカラになっている。水を足せばいいことなのだが、あれもあまり切手を押しつけると、切手がびたびたになり乾かすのに手間取ったりする。だからついペロッとやってしまうのだ。
 
  東京・渋谷区で一人暮らしの女性宅に強盗に入り、キャッシュカードなどを奪った韓国人の男が、被害者に懇願され、キャッシュカードを郵送で返却したところ、切手の裏から検出されたDNAが決め手になって警視庁に逮捕されたことが20日、わかった。
 男は、奪ったキャッシュカードで預金を引き下ろす際、指紋を残さないよう指先にばんそうこうを巻くなど、細心の注意を払っていたが、被害者への“親切心”が、結果的に有力な物証を残すことになった。(読売新聞)
 
  何とも、落語の題材にでもなりそうなほほえましい悪党だ!ついうっかりの仏心が仇に
なってしまった。ところが、ついうっかりではすまされない事が起こった。
 輸入米国産牛肉に、危険部位である背骨が混入していたとのことだ。またまた、あってはならない米国側のミスである。米国側の調査によると、問題の牛肉を出荷した施設の従業員と、米政府の検査官双方が、日本向けの輸出条件を理解していなかったのが原因だった。ついこの間、解禁したばかりのところなのに、<ついうっかり>ってな感じの気軽なコメントには、仏の<いわろう>もさすがに憤慨した。

 確か解禁のおりの条件は〈1〉20か月以下の若い牛の牛肉であること〈2〉脳や目、背骨など、BSEを引き起こす病原体が蓄積しやすい危険部位を取りのぞくこと、だったはずだ。だが、再開わずか1か月後の背骨混入が、すべてをご破算にしてしまった。ついうっかりして切手をペロッとするのは許せても、我々の生命を脅かすこんな<ついうっかり>はモウ~勘弁しません!(読売新聞・社説を一部引用させていただきました。)
2006/5/21
by iwaserou | 2006-05-21 22:38 | Trackback | Comments(0)

ちょっと待った!

  内閣府が19日発表した06年1~3月期の国内総生産(GDP)速報によると、物価変動の影響を除いた実質GDP(季節調整値)は前期(05年10~12月)比0.5%増、年率換算で1.9%増となった。内閣府は「消費も投資も比較的堅調」と評価。好調な企業業績が家計に波及し、民間需要に支えられた景気回復が続いているとしている。
 与謝野馨経済財政担当相は同日の閣議後記者会見で「基調としての日本経済の好調さは全く変わっていない」と述べた。(毎日新聞より)
 
ちょっと待った!本当に好調なのか?統計学的にも、いろんな専門的手法を駆使した、より実態に近いデーターなのだろうが、<いわろう>などの低所得者階層にとっては、実感との乖離がはなはだ大きいコメントなのである。
 たまたま、今日の昼食にと入ったラーメン屋の隣の席で、その店先に停めてある二トントラックのドライバー同士と思われる二人が、ラーメンを食べながら話していた。
「この頃、車の数が少ないよなぁ~」「連休が続いていたから・・・みんな金、使っちゃったし・・・ガソリンも高くなったし・・・だからだろう?」「それもあるだろうけど・・・混まないんだよう~」いつも混雑してイライラしている交差点もスイスイ通れて、仕事が捗ると話していた。乗用車だけでなくトラックの数も少ない気がするらしい。「そういえば、俺らの扱う荷物も気持ち減ってるよなぁ~」そんなことも話していた。
 
そこで過日、深夜の帰宅時に乗ったタクシーで<不景気感>を吐き捨てるようなドライバーの言葉を思い出した。「混雑しているのは、駅前の客待ちタクシーばかりだよ!」って客の財布の紐の堅さをぼやいていた。
 
ある程度の経済実態を把握する科学的統計学は確立されているだろうが、庶民の景気感と政府の発表のズレにはいつも承伏しかねている。今一度、生データーの抽出対象や方法を抜本的に見直して欲しいものだ。たとえば、床屋さんのマスターと客との話とか、パート主婦の休憩室での雑談とか、例の運送屋さんのドライバーの会話・・・での景気感が反映されている担当大臣のコメントが聞きたいと思う。でないと、いつまで経っても隔靴掻痒の経済政策しか望めないだろう。
2006/5/19
by iwaserou | 2006-05-19 23:38 | Trackback(1) | Comments(0)

技術は金なり?

  今朝、出社と同時にデスクの電話が鳴った。「急で悪いんだけど、新しい仕事が入って、その加工工具選定などの相談に乗ってくれ!」お得意さんのM製作所からの電話だった。出来れば今日の午前中に・・・って言われ、滞っていた事務処理を予定していた時間をそれに充てることにした。M専務との打ち合わせもほぼ片づいたころ、図面に要求される精度の必要性などの話から始まって、いろいろの話が飛び出した。
 
  そもそも何故にこんな部品にこんな精度を要求するのだろう?と思うことがしばしばある。設計者が気軽に入れる公差で、製造単価が大きく違ってくるのだ・・・M専務のいつものぼやきから、<匠>と呼ばれる職人仕事の話になった。人間誰でも指先の感触で数十ミクロンの凹凸があるのは判るものらしいのだが、凹なのか凸なのかは、なかなか判断が難しい、でも<匠>はそれを判断し、もっと極めればオーダーが一桁あがる。つまり数ミクロン(千分の一ミリ)の凹凸、しかも凹なのか凸なのかの判断まで出来るのだそうだ。でも、だからといってそんな凄い<匠>様が皆様、億万長者かと言えば、必ずしもリンクしていないのだ。技術はイコール<金>ではないのだ。
 
  需要と供給の関係だろうってことになった。必要とする要求がどれほどあるかによって始めて技術が<金>に成るのだ。確かに球体をより真球体に造り上げるのは、現在の先端機械よりも<匠>による方が、より精度がいいものが出来るらしいのだが、そんな精度のいい球体を欲しがる人は限られてくると言うことだろう。
 
  ところで、最近の家電にしろ、事務機にしろ、いろんなものの本来それ自体の機能以上の機能を付加されたものが多い。あまりにも多くて、その全てを使い切らないうちに寿命が来てしまう。携帯電話がその代表格だ。あの機能を全て使いこなしている人が何人いるのだろう?メーカー各社、売らんがために開発にしのぎを削っているのだろうが、何処でもクリヤーな音声で途切れることなく、安く気軽に話せると言った本来の携帯電話の基本性能の向上にもっと重点をおいて欲しい。カメラなど付けなくてもいい。そんなことをするから、どこかのアナウンサーが女子高生のスカートの中を写そうとするのだ。いや、論法がねじれて恐縮!恐縮!あれはアナウンサーの人格の欠如のせいだもん・・・ね。
2006/5/17
by iwaserou | 2006-05-17 23:47 | Trackback | Comments(0)

神戸はどっちだ?

  ピンポ~ン 「宅配便です!」印鑑を押して受け取って、両手に抱えたひとつの箱。なんと、<いわろう>の寡黙な次男から家のカミさんへの<母の日のプレゼント>カーネーションの花束だった。「ノルマなのよネ~」カミさんは受け取るなりそんなことを言った。次男は大手の某運送会社に勤務するサラリーマンで、社員に<ノルマ>をかせられたから仕方なく送ったのだと言うのだ。「素直に感謝しろ!」即座に<いわろう>はカミさんを叱責した。息子が、母親に送ってくれた行為に陰口でも難癖をつけてどうする。<ノルマ>だろうがなんだろうが、送らない奴は送ってくれないのだ。母の日すら忘れている奴もいるご時勢に、その言いぐさはないだろう。
 
<いわろう>の母親は昭和54年8月10日午後12時25分、入院先のS病院で、心臓に直接<電気ショック>を何度も与えられながらも、蘇生することなく、<いわろう>の涙溢れる瞳の中で、この世を去った。享年65歳<いわろう>31歳の猛烈に残暑厳しい昼下がりだった。父から<母危篤>の電話を職場に受けて、どんなに急いでS病院に急いだことか?飛び込んだ病室の光景は今でも鮮明に瞼に残っている。
 
飛び込んだドアーと真反対の窓から、差し込む夏の日差しの逆光に、浮かぶ光景は筆舌しがたいものだった。馬乗りの医者が、母の心臓めがけて、電気ショックをやっているところだった。<いわろう>は涙声で医者に懇願した。「もう!やめて!もういいから!」
医者はそんな言葉を聞きもせず、ただひたすらにショックを与え続けた。その度に母の身体は弓なりになり、単なる一個の物体のようにベットで上下していた。
 
母の数々ある思い出の中で、もうひとつだけ選ぶとしたら、やはり幼年時代のあの怪我のときの思い出だろう。少学二三年の頃、近所の子供達とチャンバラごっこをして、追われ逃げ惑っているとき、足がもつれ転んで溝のコンクリートの端に左瞼をぶつけ、裂傷を負い、左目が真っ赤な血だらけになった。当時の<いわろう>はこのまま失明してしまうのだと落胆していた。そのとき病院まで背負いながら「大丈夫だから!」って宥めてくれた母のあの広くて暖かった背中の感触だろう。<いわろう>にはカーネーションを捧げるあの愛情溢れる背中の母は、この世にはもういない。母の眠る墓のある神戸の方向に、ただただ合掌する母の日だった。
2006/5/14
by iwaserou | 2006-05-14 22:53 | Trackback | Comments(0)


<いわろう>は、団塊世代のジジイです!今日も元気だ!ブログが書ける!


by いわろう

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