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岩瀬労に言わせろう!

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タグ:世相雑感 ( 470 ) タグの人気記事

教育とは・・・

   この間の日曜日の朝のことです。気持ちよく眠っていたら、お隣で怒鳴り声がした。
「何度、言ったらわかるんだ!」「・・・」「こっちが先だろうが!」「・・・」「違うって言ってるだろうが!ったくもう!」太くて低い凄味のある怒鳴り声で、すっかり目覚めてしまった。そういえば、カミさんが先日言っていた。お隣さんは持ち家で、10年目の修理を日曜からやります。何かとご迷惑をお掛けすると思いますが、よろしくとタオルを持ってご挨拶に来られたと聞いていたことを思い出した。
 
   屋根と壁の塗り替え作業のための足場を組んでいるのだ。それにしても、ドンクサイ職人を連れてきたものだ。どんな顔をしているのか、興味がわいてきた。そぉーと、障子を少し開けて、覗いて驚いた。なんと、中学生か?ひょっとすると小学生高学年ぐらいの年格好の男の子だった。子供じゃないか?あそこまで厳しく言うこともないのに・・・。
 でも<いわろう>は思った。あんな頃から身体で覚える職人業は将来筋金入りのものになるだろうとピントはずれな事を思った。
 
   教え、そして育てると書いて<教育>と呼ぶ。子を持つ親としては、自分の子だけはイヤな、はやり言葉だが<勝ち組>に入れたい気持ちもわからないこともないが・・・。
 私立中学に合格するための生活習慣、子ども部屋の作り方、海外の教育事情……。「子どもの教育」とは縁遠かったビジネス誌やデザイン誌が最近、子育てや受験に迷う親向けに特化した誌面作りに乗り出している。購読層の多くが首都圏に集中しているのが特徴だ。「子育てのヒント」を探しあぐねる都会のパパやママたちの心をどこまでつかめるだろうか。・・・・「習い事も塾も、人より少しでも早くに始めさせようとする。早期教育の過熱で、昔以上の受験競争が起きている」・・・「夜遅くまで塾に通うより、家族と一緒に食事をしたり、もっと大事なことがあるのではないか」・・・。一方で、「私立に入れれば何となく安心、という親の気持ちも理解できる」という。「受験地獄」から、ゆとり教育、そして受験熱が再来しているとみている。(一部アサヒドットコムを転用)
 
   <いわろう>は、あのドスの利いた声の親方と楽しそうに<昼飯>を食べて、柔和な顔をしている<怒鳴られていた少年>をみて、教育とは、むしろ教えるよりも<育てる>方が重要のように思えた。
by iwaserou | 2006-05-25 23:51 | Trackback | Comments(0)

手さばき?

 大相撲の横綱審議委員会(石橋義夫委員長)が22日、東京・両国国技館で開かれ、夏場所の土俵について意見交換した。会合後に記者会見した石橋委員長は、初優勝した白鵬の名古屋場所後の横綱昇進に強い期待感を示した。同委員長は「新大関で14勝は大変なこと」と高く評価。個人的見解とした上で、綱とりの条件として「優勝に準ずる成績なら評価してよいのではないか。過去には13勝で昇進した例もある」と述べた。また席上、右ひじのけがで途中休場した朝青龍について、相撲協会から名古屋場所に出場できそうだとの報告があった。(ここまで時事通信の記事を転用させていただきました。)
 
いよいよ東西の両横綱がモンゴル人となりそうな勢いだ。そのうち三役以上全部が外国人力士になる日も近い。相撲界も国際化の波が怒濤のごとく押し寄せてきているようだ。
 かれこれ四十年も前のこと、柏戸、大鵬が全盛期の時代(昭和42~43年頃)<いわろう>は大阪・梅田の某スポーツ新聞社でアルバイトをしたことがある。出来るだけ毛色の違う仕事を経験しておこう、新聞記者の真似事をやってみようと、応募もしてないスポーツ新聞社に見習いで潜り込んだのだ。初めは、使い走りであった、「岩瀬!資料室から○○の写真持ってきてくれ!」数多く引き出しの並んだ資料室に、何でも揃っているのには驚いた。そうこうしているうちに、<手さばき>を電話で受ける担当が回ってきた。
 
<手さばき>とは相撲の内容のことである。立ち合いがどうの、上手をどちらが取って、どのような決まり手だった。などの相撲の取り口のことだ。、ベテランの解説員が土俵際に陣取り、取り組み一番一番を勝負が決まってからものの二三分後電話で、<手さばき>の口語原稿を送ってくるのだ。それを電話で受け、大きな升目の原稿用紙に<文字>に書き起こす仕事だった。これは結構、大変な思いをした。社で、音を殺したテレビで<相撲生放送>を観ながら、ホットラインの受話器を握りしめて待っているところに<手さばき>。

平仮名ばっかりの原稿をデスクに出した恥ずかしさが<いわろう>にその後、読書の習慣をつけさせたのかも知れない。自分が受け、記事になった<手さばき>が早番で刷られた新聞を駅の売店で、深夜帰宅時に購入し、手にしたときの<喜び>は格別であった。
とっくの昔に、電子メールという文明の利器にその座を明け渡しているのだろうが・・・。
2006/5/23
by iwaserou | 2006-05-23 02:49 | Trackback(1) | Comments(0)

話せばわかる?

 「岩瀬さん!演劇に興味ありますよネ?」新入社員のMちゃんが、先日のお昼に誘ってくれた。友達と行く約束でチケットを二枚買っていたのだが、友達が急に行けなくなったので、岩瀬さん行かれますか?とのこと、二つ返事で承諾しMちゃんと過日観劇してきた。
 
  中野ザ・ポケットでの<東京セレソンデラックス>による舞台『流れ星』で、「家族の絆」をテーマにお馬鹿で心やさしい人間たちが織り成すほろ苦く切ない物語であった。
 天才の誉れ高い<宅間孝行氏(サタケミキオ)>が作・演出・主演で、笑って笑って優しい気持ちになれる笑いと涙のセレソンワールドを堪能してきた。ケロンパ(うつみ宮土理さん)が惚れ込んで、妻役で共演したというだけあって、しっかりとした舞台だった。
 
  惚れて一緒になった夫婦も何十年も一緒に居ると、お互いに<空気>みたいな存在になる。お互いに何を考えているのか、何にも考えてくれていないのか、皆目わからず、ただ同居人として同じ空間だけを共用しているだけになってしまっている。
 でもケロンパは夫の死後、夫が自分のことを想い、慕い続けていて、夫が四つの願いを叶えてやろうとしていたことを知って愕然と涙にくれる。ラストの暗闇の中、会場のあちらこちらからすすり泣く声が聞こえていた。
 
  印の付いた流れ星を何十年も妻に内緒で集めて歩く夫など実世界にはいないだろうが、
舞台でのあの表現は、目には見えない深層心理の具現化の一テクニックとして、誠にメルヘンチックで、毒舌<いわろう>も舌を巻いたものだ。
 昭和七(1932)年、首相官邸で犬養毅首相が、海軍士官らによって射殺された5.15事件。「話せばわかる」と制した首相は残念ながら聞き入れられなく銃弾に倒れた。が、夫婦の間では「話せばわかる」まして「愛している」との言葉は百万馬力の力がある。
 
  しかし欧米諸国ならいざ知らず、我が国の風土はまだまだ、<黙して語らず>で<威厳>を持っている?夫達が大半だろう。「愛している」って言えなくても、まず少しずつ会話を増やしていくことが、家庭づくりの基礎になりそうだ。理想を言えば夫婦で何でも話せる仲でありたいものだ。でも実際はそんなにたやすいことでもない。小さな声で言う、かく言う<いわろう>も、カミさんとまともな会話をここんとこやっていないのだ・・・。
2006/5/22
by iwaserou | 2006-05-22 23:47 | Trackback | Comments(0)

モウ~勘弁しません!

  電子メールでのやり取りが当たり前の時代、切手貼って手紙を出すことはほとんどしなくなった。でも小物の輸送となると、切手を貼って送ることはたまにある。ところでその時、切手をついなめて貼り付ける。あれってあまり衛生上、好ましくないことだが・・・ついやってしまうのだ。それ用にとスポンジを水に浸して広口の小瓶に入れてはあるのだが、いざ使うときにはカラカラになっている。水を足せばいいことなのだが、あれもあまり切手を押しつけると、切手がびたびたになり乾かすのに手間取ったりする。だからついペロッとやってしまうのだ。
 
  東京・渋谷区で一人暮らしの女性宅に強盗に入り、キャッシュカードなどを奪った韓国人の男が、被害者に懇願され、キャッシュカードを郵送で返却したところ、切手の裏から検出されたDNAが決め手になって警視庁に逮捕されたことが20日、わかった。
 男は、奪ったキャッシュカードで預金を引き下ろす際、指紋を残さないよう指先にばんそうこうを巻くなど、細心の注意を払っていたが、被害者への“親切心”が、結果的に有力な物証を残すことになった。(読売新聞)
 
  何とも、落語の題材にでもなりそうなほほえましい悪党だ!ついうっかりの仏心が仇に
なってしまった。ところが、ついうっかりではすまされない事が起こった。
 輸入米国産牛肉に、危険部位である背骨が混入していたとのことだ。またまた、あってはならない米国側のミスである。米国側の調査によると、問題の牛肉を出荷した施設の従業員と、米政府の検査官双方が、日本向けの輸出条件を理解していなかったのが原因だった。ついこの間、解禁したばかりのところなのに、<ついうっかり>ってな感じの気軽なコメントには、仏の<いわろう>もさすがに憤慨した。

 確か解禁のおりの条件は〈1〉20か月以下の若い牛の牛肉であること〈2〉脳や目、背骨など、BSEを引き起こす病原体が蓄積しやすい危険部位を取りのぞくこと、だったはずだ。だが、再開わずか1か月後の背骨混入が、すべてをご破算にしてしまった。ついうっかりして切手をペロッとするのは許せても、我々の生命を脅かすこんな<ついうっかり>はモウ~勘弁しません!(読売新聞・社説を一部引用させていただきました。)
2006/5/21
by iwaserou | 2006-05-21 22:38 | Trackback | Comments(0)

ちょっと待った!

  内閣府が19日発表した06年1~3月期の国内総生産(GDP)速報によると、物価変動の影響を除いた実質GDP(季節調整値)は前期(05年10~12月)比0.5%増、年率換算で1.9%増となった。内閣府は「消費も投資も比較的堅調」と評価。好調な企業業績が家計に波及し、民間需要に支えられた景気回復が続いているとしている。
 与謝野馨経済財政担当相は同日の閣議後記者会見で「基調としての日本経済の好調さは全く変わっていない」と述べた。(毎日新聞より)
 
ちょっと待った!本当に好調なのか?統計学的にも、いろんな専門的手法を駆使した、より実態に近いデーターなのだろうが、<いわろう>などの低所得者階層にとっては、実感との乖離がはなはだ大きいコメントなのである。
 たまたま、今日の昼食にと入ったラーメン屋の隣の席で、その店先に停めてある二トントラックのドライバー同士と思われる二人が、ラーメンを食べながら話していた。
「この頃、車の数が少ないよなぁ~」「連休が続いていたから・・・みんな金、使っちゃったし・・・ガソリンも高くなったし・・・だからだろう?」「それもあるだろうけど・・・混まないんだよう~」いつも混雑してイライラしている交差点もスイスイ通れて、仕事が捗ると話していた。乗用車だけでなくトラックの数も少ない気がするらしい。「そういえば、俺らの扱う荷物も気持ち減ってるよなぁ~」そんなことも話していた。
 
そこで過日、深夜の帰宅時に乗ったタクシーで<不景気感>を吐き捨てるようなドライバーの言葉を思い出した。「混雑しているのは、駅前の客待ちタクシーばかりだよ!」って客の財布の紐の堅さをぼやいていた。
 
ある程度の経済実態を把握する科学的統計学は確立されているだろうが、庶民の景気感と政府の発表のズレにはいつも承伏しかねている。今一度、生データーの抽出対象や方法を抜本的に見直して欲しいものだ。たとえば、床屋さんのマスターと客との話とか、パート主婦の休憩室での雑談とか、例の運送屋さんのドライバーの会話・・・での景気感が反映されている担当大臣のコメントが聞きたいと思う。でないと、いつまで経っても隔靴掻痒の経済政策しか望めないだろう。
2006/5/19
by iwaserou | 2006-05-19 23:38 | Trackback(1) | Comments(0)

技術は金なり?

  今朝、出社と同時にデスクの電話が鳴った。「急で悪いんだけど、新しい仕事が入って、その加工工具選定などの相談に乗ってくれ!」お得意さんのM製作所からの電話だった。出来れば今日の午前中に・・・って言われ、滞っていた事務処理を予定していた時間をそれに充てることにした。M専務との打ち合わせもほぼ片づいたころ、図面に要求される精度の必要性などの話から始まって、いろいろの話が飛び出した。
 
  そもそも何故にこんな部品にこんな精度を要求するのだろう?と思うことがしばしばある。設計者が気軽に入れる公差で、製造単価が大きく違ってくるのだ・・・M専務のいつものぼやきから、<匠>と呼ばれる職人仕事の話になった。人間誰でも指先の感触で数十ミクロンの凹凸があるのは判るものらしいのだが、凹なのか凸なのかは、なかなか判断が難しい、でも<匠>はそれを判断し、もっと極めればオーダーが一桁あがる。つまり数ミクロン(千分の一ミリ)の凹凸、しかも凹なのか凸なのかの判断まで出来るのだそうだ。でも、だからといってそんな凄い<匠>様が皆様、億万長者かと言えば、必ずしもリンクしていないのだ。技術はイコール<金>ではないのだ。
 
  需要と供給の関係だろうってことになった。必要とする要求がどれほどあるかによって始めて技術が<金>に成るのだ。確かに球体をより真球体に造り上げるのは、現在の先端機械よりも<匠>による方が、より精度がいいものが出来るらしいのだが、そんな精度のいい球体を欲しがる人は限られてくると言うことだろう。
 
  ところで、最近の家電にしろ、事務機にしろ、いろんなものの本来それ自体の機能以上の機能を付加されたものが多い。あまりにも多くて、その全てを使い切らないうちに寿命が来てしまう。携帯電話がその代表格だ。あの機能を全て使いこなしている人が何人いるのだろう?メーカー各社、売らんがために開発にしのぎを削っているのだろうが、何処でもクリヤーな音声で途切れることなく、安く気軽に話せると言った本来の携帯電話の基本性能の向上にもっと重点をおいて欲しい。カメラなど付けなくてもいい。そんなことをするから、どこかのアナウンサーが女子高生のスカートの中を写そうとするのだ。いや、論法がねじれて恐縮!恐縮!あれはアナウンサーの人格の欠如のせいだもん・・・ね。
2006/5/17
by iwaserou | 2006-05-17 23:47 | Trackback | Comments(0)

神戸はどっちだ?

  ピンポ~ン 「宅配便です!」印鑑を押して受け取って、両手に抱えたひとつの箱。なんと、<いわろう>の寡黙な次男から家のカミさんへの<母の日のプレゼント>カーネーションの花束だった。「ノルマなのよネ~」カミさんは受け取るなりそんなことを言った。次男は大手の某運送会社に勤務するサラリーマンで、社員に<ノルマ>をかせられたから仕方なく送ったのだと言うのだ。「素直に感謝しろ!」即座に<いわろう>はカミさんを叱責した。息子が、母親に送ってくれた行為に陰口でも難癖をつけてどうする。<ノルマ>だろうがなんだろうが、送らない奴は送ってくれないのだ。母の日すら忘れている奴もいるご時勢に、その言いぐさはないだろう。
 
<いわろう>の母親は昭和54年8月10日午後12時25分、入院先のS病院で、心臓に直接<電気ショック>を何度も与えられながらも、蘇生することなく、<いわろう>の涙溢れる瞳の中で、この世を去った。享年65歳<いわろう>31歳の猛烈に残暑厳しい昼下がりだった。父から<母危篤>の電話を職場に受けて、どんなに急いでS病院に急いだことか?飛び込んだ病室の光景は今でも鮮明に瞼に残っている。
 
飛び込んだドアーと真反対の窓から、差し込む夏の日差しの逆光に、浮かぶ光景は筆舌しがたいものだった。馬乗りの医者が、母の心臓めがけて、電気ショックをやっているところだった。<いわろう>は涙声で医者に懇願した。「もう!やめて!もういいから!」
医者はそんな言葉を聞きもせず、ただひたすらにショックを与え続けた。その度に母の身体は弓なりになり、単なる一個の物体のようにベットで上下していた。
 
母の数々ある思い出の中で、もうひとつだけ選ぶとしたら、やはり幼年時代のあの怪我のときの思い出だろう。少学二三年の頃、近所の子供達とチャンバラごっこをして、追われ逃げ惑っているとき、足がもつれ転んで溝のコンクリートの端に左瞼をぶつけ、裂傷を負い、左目が真っ赤な血だらけになった。当時の<いわろう>はこのまま失明してしまうのだと落胆していた。そのとき病院まで背負いながら「大丈夫だから!」って宥めてくれた母のあの広くて暖かった背中の感触だろう。<いわろう>にはカーネーションを捧げるあの愛情溢れる背中の母は、この世にはもういない。母の眠る墓のある神戸の方向に、ただただ合掌する母の日だった。
2006/5/14
by iwaserou | 2006-05-14 22:53 | Trackback | Comments(0)

タバコはいいの?

  昨日、警視庁は、北朝鮮から覚せい剤を密輸入したとして、韓国籍の無職禹時允と指定暴力団極東会系組長宮田克彦の両容疑者を逮捕した。時を同じくして、サザンオールスターズの元ギターリストが、覚醒剤保持で逮捕されたとのニュースも聞いた。ミュジシャンを初めとする芸能界の覚醒剤事件は後を絶たない。手軽に手に出来る環境と一種の特権階級に居るような甘えた意識がそうさせるのだろう。

 <いわろう>の子供の頃、近くの駅頭で度々数十枚のおぞましい写真画像が並べられていたのを今でも覚えている。それは見たいのだが、見るのを憚れるような画像群だった。その恐ろしさが、およそ半世紀近くの時を越えて、いまでも脳裏に刻まれている。
 <ヒロポン>に蝕まれた症例が、数十枚の画像に展開していたのだ。まだテレビなどそれほど普及していない時代だったので、駅前の電気屋の街頭テレビの<力道山>に群がってくる幼い少年少女の目にも、否応なしにそれは飛び込んできたのだ。
 
 昭和30年代も前半当時は、今よりもっと<覚醒剤>が蔓延する危機感があったのだろう。あの駅頭の写真の数々は大いに抑止力を持っていたように思う。
 ところでだ!百害あって一利なしっていわれる<タバコ>は、このまま放置していていいのだろうか?まさか多額の税収源だから辞められないでいるのじゃないだろうに。

  <タバコ>も一種の麻薬だ! <いわろう>も30歳までの10年間もの間<煙草依存症>に陥っていた。一番ピークの時など、一日20本程度は吸っていたように思う。
 そして、何度<禁煙>を決意し、何度<禁煙>を破ったことか・・・。ある病気で、二十日間ほど入院した折、「たばこは、いいのでしょうか?」って担当医に質問して「いい訳ないでしょう!」ってその医師に鼻で笑われたのがきっかけで、<禁煙>に成功した。 とはいうものの、禁煙までの道のりは遠かった。

  起き掛けの寝床で吸う一服と食後の一服の習慣が、最後の最後まで残った。あれからおよそ四半世紀が過ぎた今、改めて思う。あの喫煙者として<タバコの害>に平気で晒されていた十年間の馬鹿な自分に悔いるのだ。<タバコ>が今でも白日の下、街頭で堂々と平気で、それも自販機で誰にでも買える状況も、これまた<いわろう>の理解できない社会の仕組みのひとつだ。
2006/5/13
by iwaserou | 2006-05-13 09:35 | Trackback(1) | Comments(0)

ひきだしの中

  今<東京タワー>がちょっとしたブームになっている。江國香織さんの小説『東京タワー』が昨年映画化され、そのブームの先駆けになった。また一方、昭和30年代の東京が舞台の映画『ALWAYS 三丁目の夕日』が日本アカデミー賞最優秀作品賞・監督賞など総ナメにした。こうした作品のヒットが、ブームを盛り上げ、東京タワーの来塔者数も例年より一割ほど増えたらしい。

  昭和30年代後半、神戸に住んでいた<いわろう>の中学時代の卒業旅行は東京方面だった。もう40年以上も前のことなので、不確かなのだが国鉄(今のJR)の・・・そう確か<希望号>って言ったと思う修学旅行専用列車で何時間も掛けて、東海道本線を上京したのだ。今、静かに目を閉じて、その旅行を思い起こせば、皇居の二重橋、上野の西郷さんの銅像、それにこの東京タワーがセピア色の画像と共に記憶に残っているのだ。
 
  当然ながら当時から展望台までのエレベーターは、設置されていたのだろうが、中学生の<いわろう>達は、外部に設けられた階段を一段一段展望台まで歩いて昇らされたのだ。当時から高所恐怖症の持病を持つ<いわろう>にとっては、かなりの決意が必要だった。お尻がむず痒くなり眼下に広がる東京の街並みが、徐々に小さく変貌してゆく様を眺めながら、赤く塗られた手すりを握りしめては何度も立ち止まっていたように思う。自分たちが今まで乗ってきた観光バスが、眼下でそれこそミニチュアーカーのような小ささで、大都会の東京の街が箱庭のような風景は、40年以上経った今でも鮮明な記憶に残っている。
 
  今、改めてこうして思えば、エレベーターでスゥーと展望台まで直行していたら、こんな思い出も語られなかっただろうと、あのとき階段で昇らせてくれてありがとうって言いたい。おそらく当時は、ブツブツ文句を言っていたように思うのだが・・・。記憶に残りうる体験は、時間の経過と共により醸成され、思い出の引き出しでいつまでも財産になっているものだ。
 
2011年の地上デジタル放送完全移行に向けて計画されている第二東京タワーが、600メートル級のタワーと君臨しても、あのとき眺めた東京タワーは<いわろう>の記憶の引き出しから、いつまでもなくならないだろう。
2006/5/11
by iwaserou | 2006-05-11 23:50 | Trackback | Comments(0)

記憶違いだった

  先日、会社の仲間とカラオケに行って来ました。猫も杓子もカラオケ!カラオケ!って騒いでいた頃とは、すっかり様子が違っておりました。何だか灯の消えたような雰囲気で意気揚々とドアーを開けた面々は盛り下がることしきりで、背中向けて<サイナラ!>しょうかと思うほどでした。そんな気持ちを見て取ったカラオケ屋の店員さんは、先頭で入って行った岩瀬の二の腕を掴むやいなや、今なら待たずに唄えますからって、店の奥に引き込もうとしてくる。今でなくても、いつだって待ちゃあしないだろうと思うのだが。
 
はいはい、逃げませんがなぁ~。団塊世代男二名、中年予備軍元女一名と現役男二名、今年の新入社員のカワユイ(?)女の子二名、の変則一個連帯の我々は、お好みの部屋に陣取り、互いののど自慢を競いました。って言っても<カラオケ>のいつものパターン、他人が唄っている時は、自分が次に歌いたい曲を探して、一人ブツブツ言っているタイム?
 ところで、本当に最近の唄って、訳がわからない。唄っているののか?話しているのか?はたまた、何を言っているのか?日本語なのか?外国語なのか?皆目わからないのだ。
 その点、団塊の世代の唄は明快だ。岩瀬はフォークソングパレードを久々に、若かりし頃に思いをはせながら、自分の唄に一人酔った。そして・・・♪浴衣の君は・・・上弦の月だった・・・って拓郎で締めくくった。
 
そのとき、ちょうど小窓から半月のお月さんが見えた。隣の新入社員Mちゃんに、岩瀬が知ったかぶりして、あの月は上弦?下弦?って聞いてみた。M嬢さすがに急に聞かれても、・・・理科で習ったけど・・・うんぬんかんうん???。すかさず岩瀬<上弦の月だった>って拓郎節で回答した。ところでM嬢ご免なさい!岩瀬はあのとき出鱈目を教えてしまったようだ。弦が上側にあるから、あの半月は上弦の月なんだって、たしか鼻膨らませて、自信満々回答してましたよね?。あれから文献をひっくり返して、改めて判ったのですが、岩瀬の言う<弦が上に張れる半月が上弦で、その逆が下弦の月>は、西の空にある場合のみ成り立つ事で、東の空(つまり昇りかけの月)では上弦、下弦が逆になる。 許してタモレ!岩瀬爺の記憶違いだった。完璧に見えるこの私にもたまにミスもあるのだ。
2006/5/10
by iwaserou | 2006-05-10 23:27 | Trackback | Comments(0)